こんにちは、お嬢さん

 翌朝、朝食を採るためにツツジとオカリが食堂へ行くと、すでにマツラが食事をしていた。
 二人と目が合うと、笑みを浮かべたマツラは小さく手を振る。
 彼女が座るテーブルには椅子が四脚据えてあったが、マツラは一人で座っていた。
 朝の挨拶を交わしたツツジは椅子を指して尋ねる。

「空いてますか?」
「どうぞどうぞ。師匠がいなくて、私もちょうど一人だったから」

 相席は大歓迎、と頷いたマツラは、心配そうにツツジとオカリを見比べた。

「それより、二人とも体調はもういいの? 昨日は本当に疲労困憊って感じだったけど……」
「おかげ様で、もうすっかり」

 ツツジよりも先に答えたのはオカリ。
 それよりも、と紅梅の瞳にとっておきの笑みを浮かべると、テーブルを回ってマツラの隣に立った。
 自然とマツラは彼女を見上げる形になり、そんなマツラに向かってオカリは右手を差し出す。

「はじめまして。オカリ・ユフよ」

 目の前に差し出された手に、一瞬ぽかんとしたマツラの頬がみるみる間に赤く染まる。
 慌てたように立ち上がったマツラは、勢いよく頭をさげた。

「こっ、こちらこそ、はじめまして! マツラです!!」

 数秒の沈黙。

 それを破ったのは、堪えるようなオカリの笑い声だった。

「別に捕って喰おうって訳じゃないんだから、緊張しなくていいんだけど?」

 オカリの言葉に、顔をあげたマツラはさらに顔を赤くして俯いたまま視線だけでオカリを見た。
「でも」と呟いたマツラは、ちらりとツツジを見てから遠慮がちにオカリを見る。

「こんな美人に正面から見られたら、誰だって緊張する……」

 と、思うんですが。

 だんだん尻すぼみになっていった声は、ツツジは違うの? と問いかけた。

「そうなの? ツツジ?」

 きょとんとして答えたのはオカリで、二人に見られたツツジは動きを止める。

 オカリに見つめられると緊張する事など日常茶飯事だ。
 ただしツツジの場合は彼女が次に何をしでかすのか、という心配から。
 オカリの容姿に見とれる前に、彼女とツツジとの関係は出来上がってしまっていた。
 ツツジ自身が思うに、まさに『暴れん坊と後始末役の子分』と呼ぶにふさわしい関係だ。

「僕は……オカリさんが顔に似合わない性格だと知っていますから」

 苦笑して答えればマツラは一瞬不思議そうな顔をしたあと少し納得したようにオカリを見、オカリのほうは納得いかないと言うようにわざとらしくため息をついた。

「アタシ、これでも割と素直に育ってると思ってるんだけど?」
「ほら、そういう所ですよ」

 今度はツツジがあからさまなため息をつく。
 黙って座っていれば清楚な美少女そのものだというのに、オカリの性格を表すについて、それらの単語は到底似合わない。
 ひとたび口を開いて行動を始めた瞬間、我が強く絶対に引かない性格だと思い知らされるのだ。
 瞬きを繰り返していたマツラは、呆気にとられたように二人のやり取りを見守り、納得したようにぽんと手を叩いた。

「ツツジ、グランディスでもおもり役だったのね?」

 グランディスへ旅立つ前、ツツジはマツラの兄弟子として年下ながらもマツラをサポートする立場だった。
 ツツジからすれば、マツラのおもりをしていた記憶は無いが、修行を始めたばかりで右も左もわからなかった彼女にとってはそういう感覚だったのだろうか?
 オカリに対してならば、その表現はあながち間違ってはいないようにも思えるが。
 しかしオカリはすかさず反論する。

「逆よ、逆。アタシがツツジをおもりしてたんだから」

 真面目くさった表情と、どこかふざけた口調に、冗談と真実の境界があやふやになる。

「はいはい、もう好きにしてくださいよ」

 何か言い返せば延々と続く事がわかっているツツジは適当な返事をして、配膳カウンターに目をやった。

「料理を取ってくるので、オカリさんはおとなしく座っておいてください」
「そんなのいいわよ。あたしも自分で行く」

 背を向けようとすれば、間髪入れずにオカリが答えてくる。

「いくら治療術で怪我が治ったからといって、体力まですぐに元に戻るわけじゃありません。いいから座っててください。今日までは僕が行きます。明日からは自分で、という事にしましょう」

 不服そうな表情のオカリに告げると、加勢するようにマツラも頷いてみせる。

「オカリさん、ここはツツジに甘えてもいいと思いますよ。病み上がりの身体に無理は禁物だから」

 座って、と向かいの席を示したマツラに合わせて、すかさずツツジは椅子を引く。
 観念したのか、不服そうにしつつも珍しく素直に席についたオカリは「ただし」とマツラを見た。

「その呼び方、やめて貰いたいの。聞けば同い年だっていうし、気ぃ使わないでちょうだい?」

 微笑んで首を傾げたオカリに、上目遣いで見つめられたマツラは再び頬を染めると、ぎこちなく首を縦に振りながら最初に自分が座っていた椅子に戻った。
 顔を赤くして固まるマツラと、そんな彼女を見て楽しそうに笑みを浮かべるオカリ。

 この二人が同じテーブルにいる事に、ツツジはなんとも言えない不思議な感覚を感じながら、自分とオカリの分の朝食を取りに向かった。