黄金の実りを見た

 気持ちのいい快晴の空の下、太陽の光を反射する真白なシーツが眩しくて目を細めた。
 燦々と降り注ぐ暖かな光に「今日は洗濯日和だ」と笑顔で呟いて、マツラはさっきまで濡れたシーツの入っていた洗濯かごを抱え上げる。
 そよそよと吹いてくる柔らかな風が、物干しに掛けられた衣類を揺らし、頬にかかる髪をふわりと流して通り過ぎていく。
 さあ、次は窓をぜんぶ開けてこの気持ちの良い風を家の中に招き入れよう。
 あまりにもいい天気だから、昼はバスケットを持って東屋に行くのも良いかもしれない。
 少しだけ仕事を忘れてのんびりしたって、誰に咎められる事も無いのだから。
 暖かな陽気に鼻歌を歌いながらそんな事を考えて、庭を横切っていく。
 同居人と呼ぶには森の中で過ごす事が多すぎる友人が、近くにいるような気がして。
「ストロくーん。お昼、外で食べようと思うんだけど、暇なら遊びに来てね」
 姿は見えないが呼びかける。
 耳の良い彼は、きっとどこかでこの声を聞いているに違いないから。
 返事は無いと思っていた。

 けれど、陽光を反射する庭の隅の低木が応えるようにがさがさと揺れた。
 風で揺れるのとは違うそれに、マツラはきょとんとまばたきをする。
 ストロは身体が大きい。
 しかし、今揺れて応えた木の枝の動きは彼の体躯によるものにしては、あまりにも小さすぎた。
 子鹿か成長しきっていないイノシシか。最悪小さな熊の可能性もある。
 少なくとも、マツラの予想した友人ではない何者かが、その植え込みの向こうにいる事だけは確かだった。 何が飛び出してきてもいいように、抱えていたかごを放り投げるように置いて身構える。
 小動物なら見逃してやろう。本当に鹿やイノシシだったら捕まえる。
 さあ、来い。
 ぴりりと意識を張り詰めたマツラの目の前で、植木がいっそう激しく枝を揺らす。それに続いて太陽の光を反射する毛並みが勢いよく飛び出した。

「着いたあぁ!!」
「うわぁぁぁ!」
 雄叫びとも取れる盛大な声に、驚き悲鳴をあげたのはマツラのほうだった。
 人。
 しかも、子供が植え込みの向こうから飛びだしてきた。
「な、なんなのあなた!!」
 出てきたのは、そんなありきたりなせりふだった。
 髪に木の葉を絡ませた少女の大きな目がまっすぐにマツラを捕らえた。
「あなたの弟子になりに来ました!!」
 そのあまりにも突拍子のない言葉に、マツラは「は?」と眉を寄せる。
 誰の、なんだって?
 聞き違いではないだろうか。

 そんなマツラに、訪問者はずいと一歩踏み出す。
 小動物を彷彿とさせる少女の、収穫間近な麦の穂と同じ色の髪が眩しく陽光を反射する。だが、マツラを見上げる希望と期待に満ちた瞳の輝きは、実りの黄金よりもずっとずっと眩しかった。
「魔王を倒した魔術師、マツラ・ワカ! わたし、あなたの弟子になるためにここへ来ました!!」
 仰け反るマツラに詰め寄って、小柄な身体でつま先立って。驚く程大きな声で、太陽の光を反射する眩しい少女はそう言った。